PRE STORY – 三章 –


「……と、言う訳なのよ。
 だから、貴方達みたいな人達は決して珍しい存在じゃ無いわ」
 若い内の苦労は買ってでもしろと言うが、実際の所買いたくない。大抵の事は『正解を聞く』のが真相への最も早い近道という訳で……
 純白の天使――アルテナ・フォルテと名乗る女の子と出会った俺達はようやく自分達に訪れた理不尽な事件の正体を知る事が出来た。
 まぁ、知れたと言っても、所詮は他人に聞いた話だ。それ以上でも以下でも無いから、こっちからすりゃあんまりに常識外の話で、事実かどうかの判断もつけようは無かったのだけど。
「つまり、私達はこの世界――『無辜なる混沌(フーリッシュ・ケイオス)』に強制召喚された……という事でいいんですよね?」
「ええ。この世界には貴方達みたいな『旅人』が沢山いる。具体的に何年前からなのかは私にも分からないけど……
『神託』以来、この世界は旅人を呼び続けているって話よ。その『神託』が降りたのはかなり昔だって話だけどね」
 ラティに応えたアルテナの台詞にドズさんが唸った。
 アルテナ曰く『神託』というのはこの世界に広まっている常識的概念らしい。一般的神託と言うと所謂一つの神のお告げやそれに類するものだけど、この世界で強くイメージされている神託という言葉は、『近い将来この世界が滅亡し、ドミノ式にそれ以外の世界――例えば、俺の来た世界とか、日本とかも巻き添えになっていう悪い夢のような話』を意味するらしい。
 勿論、ファンタジー歴小一時間程度の俺には荒唐無稽全開だ。
 とは言え、現状でアルテナを超える有力な情報源、事態の解決役は求めるべくもない。第一、案内役を買って出てくれた彼女が俺にとって受け入れ易いビジュアルで、凄く理性的で知性的だっただけで、有難くて仕方ないレベルである。少なくとも、この空中庭園で奇妙奇天烈な皆様方を嫌という程目にした俺にとっては、安心して意思疎通を図れる相手、というポイントはとてつもなく重要なポイントだと言い切れる。
「私もいきなり呼ばれたクチだから詳しい訳じゃないけど。
 まぁ……一応、この世界の住人である以上は、貴方達よりは訳知りだと思うから」
「案内をする」というアルテナに応じて、朽ちた空中庭園を歩きながら彼女の話を聞く。
「滅亡する、なぁ」
 何処と無く呑気なドズさんの呟き。実感が無いのは良く分かる。
 アルテナの話を信じるなら、幾つかの疑問は晴れるけど……根本的な問題は宙に浮いたままだ。
「でも、世界が滅びるだの何だのってのを素直に信じるとしてもさ。
 それってとんでもない化物だか怪獣だか魔王だか――それこそどうしようもないヤツの仕業になるんだろ?
 そこに俺達なんて呼んでどうなるんだよ。自慢じゃないけど俺は帰宅部だし、一般人。俺の世界は基本戦う必要なんてない場所だったし、間違ってもファンタジーの怪物退治なんて出来ねーぞ。マジで。猛獣でも無理。野犬でも微妙」
 我ながら情けなくなってきた俺にアルテナは苦笑した。
「安心しろ……と言う訳じゃないけどね。
 この世界には混沌肯定と呼ばれる世界法則がある。
 私達が意思疎通を出来る……『崩れないバベル』も法則ね。
 その中の一つ――『LV1』は貴方の特別な力を与えている筈だけど……覚えはない?」
「そう言えば、ドズさんに叩かれて生きてたな、俺」
「少し説明がいい加減になるけど……意識を集中して、自分の持てる力を探ってみて。法則が貴方の今を教えてくれる」
 まさか己が人生で「自分の持てる力を探ってみて」なる台詞を受ける事になるとは思わなかった。
 漫画やアニメなら定番のその台詞に軽く感激して……感激していても話は進まないから、言われた通りにやってみる。
「……んー……?」
 コツがあるのか、少しの間上手く行かなかったが――ふとした切っ掛けで理解が進むのはコレも同じだったらしい。
「ああ、うん。つまり、そういう事か」
 成る程、俺はLVが1だ。
 我ながら非常に乱暴な説明だけど、理解してしまった以上はそうとしか言えない感じ。
 LVが1であると一言聞けば弱いような気もするが、基準となるLVはあくまでこの世界のものである。
 多分ここと比べればひっじょーに平和で、ひっじょーに恵まれた現代日本を基準としたものじゃない。
「今回の場合で言えば、元の力が強いドズさんの力は大幅に削がれて、一般人だった貴方の力は大幅に上がった。
 勿論、二人の個性で向き不向き、傾向の差はあるけど……大体同じ水準になったって事ね。この世界にやって来た旅人は、最初にそれに困惑するみたい。無理もないけど」
 同じようにしてみたらしいドズさんとラティにしても俺と結果は変わらなかったらしい。
 ドズさんの方は案の定かなり複雑な顔をしている。俺は単純に前より強くなったのを……喜ぶべきなのか?
 少なくとも『多分全然手加減してなかったドズさんにゲームオーバーにされなかった』一事をもって、良かった事としておこう。うん。
「さっきの話だけど、一線で戦えるかどうかなんて……私も同じよ。
 私は元から混沌の住民だけど――駆け出しの冒険者で、まかり間違っても世界を救うような力なんて無いわ。
 貴方達のような『旅人』にしろ私達のような『純種』の宿命にしろ、神託の導きと選択の理由は私には分からない。
 唯――私もそうだけど――ここに呼ばれた以上は、出来る事があるって事だと思うわ。
 ……まぁ、私自身その辺の説明を聞く為に……今、この空中庭園の中心を目指しているのだけれど」
「そこに責任者でも居るのかね」
「そう言われているわ。私も勿論会った事は無いけれど……『神託の少女』の話は下でも有名だから」
「このひどい悪夢の諸悪の根源って事か。苦情先が出来るのは結構嬉しいかも」
「……どうかしら。事情は知っていると思うけど」
 俺の直球な一言にアルテナは苦笑を浮かべた。
 冷静に考えてみたら神託と言う位だから、この世界の人間にとってこの場所、ないしは神様、或いはその女の子は尊ぶべきものなのかも知れない。宗教的な部分はちょっと、大分、全然分からないが――野球と政治と宗教は人と人の安全で円滑なコミュニケーションの罠なのは多かれ少なかれ相場と決まっているものだ。
「ごめん、余計な事言った」
「ううん、それは当然の感想だと思うし――
 元々ここに居る私は兎も角、三人にとっては……ね」
 神託が事実だった場合、俺達の世界も人質に取られているようなものだけど……それはそれとして現状困っているのは確かである。
 本音で言ってしまえば、今すぐ忘れて帰りたい。夢だった事になるなら、それが一番だ。彗星が衝突して地球が吹っ飛ぶのも、世界戦争が起きてミサイルが飛んで来るのも、ファンタジー世界の勝手な都合で世界が滅亡するのも、どれも全く実感がない冗談以下の出来事だから。
 この世の終わる瞬間まで、友達と馬鹿やって、ゲームして、センパイにからかわれて――たまにバイトもして。くだらなく居心地良い温めの学生生活を送っていられるなら、悪くはない。

 ……本当に?

 ちらりと脳裏を過ぎった自問を首を振って追い払う。
 センパイが口にした「ピントが合っていない」という言葉をぼんやりと思い出した。
 それが事実なのだとしたら、俺にピントが合っている世界というのは……ここなんだろうか?
 安定した日常と、変わり映えしない日常。
 不足の無い生活と、不測の無い生活。
 大体満足な世界と、どうしたって不満足な世界。
 考えても詮無いのに――ここがどんな場所かも分かっていないのに、思考が迷子になったように迷走している。
 理由は分かっていた。俺は今すぐ帰りたいのに、同時に――
「でもね、正直言って……今回の状況は特殊だと思うの」
 ――ちょっと考え事をしている間にもアルテナの説明は続いていた。
 我ながらぼうっとする事が多くて苦笑する。不思議そうに小首を傾げたアルテナに「気にしないで」とパタパタ手を振ると、彼女は「そう?」と頷いて話を続ける。
「旅人や純種が『呼ばれる』のは確かにそう珍しくないんだけど……あくまでそれは『たまに』、『少数が』程度の話なら、だわ。
 今回はちょっと普通とは思えない。規模が大きすぎるのよ。私も、貴方達も他の人達も……
 今までとは同じと思えないような数が『今』呼ばれ続けてる。
『神託』は昔からあるし、信じ続けられているけど……何百人も、それ以上も一度に呼ばれたなんて聞いた事も無い」
 成る程、この空中庭園は現在進行形で人種の坩堝と化している。
 一見しただけでは人間なのかどうか自信が持てないような連中も含めて――そのバラエティは富み過ぎる位に富んでいた。比較対象がないからこれまでは分からなかったけど、『そもそも本来はこんなに沢山来ない』のであれば、確かに周囲の風景はブッチギリの異常事態確定だ。
 まさにこれぞ古今東西津々浦々、変人奇人の見本市。俺もサンプルの一だと思うと頭痛が痛い。
「何事も無いと良いのだけど……」
「……それ、俺も死ぬほど同感だから。何かありますとか言われる方がよっぽど困る」
「人生って幸福の二倍試練が多いらしいぞ」
「……」
「かのガンボスの哲人ヒューメルスは言った。ヒンデリアのヒュースはスイフォンのディーデルにおいて――」
「――そのビジュアルで余計な含蓄発揮しないで頂きたい!」
 固有名詞が良く分からんのが尚更困る。
 我ながら現金だが、大分ドズさんも怖くなくなってきた。
 この方とお前の力が同等だ、とか言われても全然実感出来る話ではないのだけど――この人、多分割といい人なので。
「どういう意味だよ」と文句を言うドズさんを一先ず放って先を見つめる。階段を登った先には朽ちた庭園の中で綺麗に保たれた一つの建物があった。いい加減な知識と想像力を動員して見当をつけるならそれは『神殿』である。何を祀っているかは知らないが、何となく聖なるかなの雰囲気だけは感じ取れた。
 丹田に力を入れて呼吸を一つ。神聖なら邪悪とかじゃないだろう、多分きっと、そうだといいな!
「責任者はあそこか――怖いヤツじゃないといいけど」
「少女って言う位だから……そんな事はないと思うけど」
「け、面倒臭い野郎なら俺がぶっ潰してやるよ」
 おお、何と頼もしい。LV1がどうとか言われても頼りにしたいのは変わらない。かくて一同はドズさんの背中を見ながら覚悟を決めた。
 分かり易い反応で身を竦めるラティの為にも、出来れば友好的で、出来れば話の分かる――親切な誰かが居れば嬉しいのだけど。
「んじゃ、行くぞ!」
 凸凹の石畳の上を小走りになった俺達は神殿の木の扉を大きく開く。
 神殿相手には多少無作法になったが、元より招かれざる客だ。ままよ、責任を取ってくれ。
 伽藍洞のようにモノの少ない神殿の天井は恐ろしく高く、ひんやりとした空間に溜まった厳かな空気が頬を撫でた。
 文字通り――別世界に居るのに、更に別の世界に移ってしまったような気さえした。
「あの――」
 声が素直に出た自分を褒めたい位だった。
 神殿の奥には向こうを向いたままの誰かが居た。
 黒いカソックのような――ドレスのような、不思議な衣装を纏った髪の長い女の子。
 夜を抜き出したような綺麗な黒髪の女の子は俺の言葉に応えるように此方を向いた。
「――――」
 スローモーションにでもなったかのような長い一瞬。
 少女の顔(かんばせ)には吊り目がちの目と、整った鼻筋と、薄い唇と――良く、見慣れたパーツが載っていて。
「……センパイ……!?」
 俺は呆けたような馬鹿な台詞を吐き出す以外の反応を失っていた。


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