PRE STORY – 四章 –


「……センパイ……!?」
「じゃねーっすよ。完膚なきまでに初対面でごぜーます」
 ……衝撃と困惑とその他色々を綯い交ぜにした俺の渾身の呟きはひどく通る声をした女の子の一言に見事な程に打ち砕かれた。
 特に感動も、特に怒涛の展開も無く、他人の空似と言うにしてはあんまりな『偶然』なのだろうけど……
 ああ。頭にベールのようなものを載せ、小さく首を傾げた彼女は……よく見ればセンパイとは違う。凄く似ているけれど、カラーコンタクトより鮮やかな金色の瞳はどうしても目立つ。
 はっとするような美人なのは同じ。センパイとそっくり、でも違う。カソックとドレスの間の子に身を包んだ彼女の場合、スタイルもうん、大分違う。
『神様』の悪戯か、それとも意味がある事なのか――今の俺には分からない。分からないが、勝手に運命的なものを感じてしまったのは事実だった。有り体に言えば、胸が高鳴る。
 そんな風になる理由は無い。確かに無い、筈なのに。理由がない感情の動きは少なくなくて、きっとこれもその一つなのだと思った。
「旅人さんと……純種の方がお一人っすね」
 俺達四人を見回した少女が頷いた。
「ようこそ。『混沌』へ。何分、千客万来の――人手が足んねーもんで。ご挨拶が遅れて失礼を。私は、ざんげっていいます。
 ただ、ざんげなので、ざんげとでもざんげちゃんとでもイニシャルゼットとでも好きに呼んで下さいです」
 ぺこりと頭を下げた少女――『ざんげ』は背中を見た時の神々しさを忘れたかのように実にいい加減な挨拶をしてくる。
 何となくそれに引きずられて名乗った俺達は思わず顔を見合わせていた。ごく個人的な事情柄、特に困惑しているのは俺なのかと思ったが、ぶっちゃけ皆大差無かったらしい。
「コホン」と一つ咳払いをしてアルテナが一歩を踏み出した。
「……あの、貴方が神託の少女、ですよね?」
「下ではそう呼ばれてるみてーですね。まぁ、傍迷惑な『お告げ』を皆さんに伝えてるのは事実でごぜーますよ」
「傍迷惑って……」
「まぁ、余りお気になさらず。『大いなる』なんて言葉が冠につく意思なんてのは、大抵ロクデナシだっていう直接的批判ですから。
 古今東西津々浦々、何処の世界の神話も伝説も似たりよったり、どいつもこいつもかなりの加害者っぷりでごぜーましょ?」
 神々しさを薄れさせた所か遥かな空の彼方に放り投げたざんげは、人並みの信仰心を持つと見受けられるアルテナを絶賛フルスロットルに絶句させ続けている。
 お星様になった有難味の追跡はNASA辺りに頼んでも難しそうだ。
「ぶっちゃけ、最初に謝ります。ごめんなさい。お許しを。
 この通りです。一切の妥協なく、被害者です。ご迷惑かけてますです。申し訳の仕様もねーとしか言いようがねーです」
 此方に正対し、頭を深々と下げる丁寧な礼。
 意外な展開。ハッキリ言って予想外。いきなり謝られて何とも言えない気持ちになる。
 この世界の崇高な使命の付与を唯の迷惑の輸出とするざんげの直接的物言いはこの世界の常識を持ち合わせるアルテナよりも、旅人と称される俺達の感覚に近いものがある。
 しかし、素で謝られても話は進まない。まずは何よりも現状を把握するのが先決だ。
「まぁ、お許しするかしないかは置いといて。
 悪びれて欲しいし、気にすんなとも言わないけど……
 その、俺達は『旅人』って言うんだろ? 唯、何がどうなってるのか全然分かんなくて……
 アルテナにある程度の説明は聞いたんだけど、分からない事を全部教えて欲しい。君がそれを知ってるなら」
 センパイに似た女の子に罰が悪そうにされれば、それだけで俺は少しやり難く……しかし何とか早口でそれだけを言い切った。
 大きな瞳の中に星が瞬いている。じっと覗き込めば余りに深い瞳に幾らか無機質に感じられる輝きを載せたざんげは俺をじっと見ている。
 そんな彼女はと言えば、きっと『慣れている質問』だからなのだろう。長い時間は置かずに「分かりました」と頷いて、実に淀み無く俺達の置かれた状況を語り出していた。
「まず第一にとても重要な事。
 皆々様、既にご理解の事と思われるので念押しになるですけど。
 この世界は皆さんの元居た世界とは全く別の場所でごぜーます。
 ご理解の事かとは存ずるですが、一応説明しますと、皆さんの身の上に起きた事件は所謂一つの『異世界転移』って現象でごぜーますね」
 サブカルを覗けばやたらめったら棒に当たる、実にスタンダードな異世界移動ネタの実現である。
 そこまでは大体分かっている。隣のラティとダズさんも先を促すように「うんうん」と頷いていた。
「そこの方……ええと、アルテナさんの言った通りでごぜーますね。皆さんは旅人。純種のアルテナさんは『特異運命座標』の認定。
 まぁ、要するに四人共『特別な運命を背負わされてここに呼ばれた』って事になりますです」
「特異運命座標……?」
 良く分からない単語の出現に眉を顰める。馬鹿丁寧なような雑なような……短い付き合いだが、口調が一向に安定しないざんげは構わず説明を続ける。
「神託については御存知でごぜーますね。『この世界を含めた全ての次元の世界がやがて来る確定的災厄、終末的結果により完全消滅する』。
 通称『観測点(ケース)D』。或る世界のセイレキニセンジュウゴネンっつー暦にDが顕現しかけたって、超突発的かつ偶発的なおっそろしいコードが残ってるみてーですが……」
 今多くを気にすると確実に不幸になる極めてアレな情報を孕んだアレを聞いたような気がしたが……ここで俺は華麗にスルー。
「ええと、詳しい事は兎も角、その時は未遂でどうにかなったみたいですが、今回の件は限りない実現の見込みでごぜーますね。
 物理で殴ってどうにかなるとかそういうレベルの相手じゃありませんから、つまり。
 結論から言えば、皆さんは全員――これを回避する為にこの世界の意思が呼び出した特別って訳です」
「……俺達にその何とかをやっつけろって話なのか?」
 ドズさんが実に脳筋かつ、的確な結論を投げる。
 異世界から勇者が召喚されて、何か色んな苦難を乗り越えて世界を救う話はとても良くある。
 ついでに可愛い女の子に囲まれて色々役得とかあるのもお約束だ。俺のパーティは主戦力がどう見ても岩の人なんだけど。
 優しい世界で都合のいい展開が来るなら大歓迎だが、この世界はかなり俺に都合が悪い気がするので、全く期待出来ないのが悲しすぎる。
「半分正解で、半分不正解です。
 まず不正解の部分ですけど、混沌肯定『不在証明』――要らんもんをこの世界から締め出す力は極めて強いですし。倒して倒せるような相手ならこの世界は滅びないですし、最初から神託はおりねーです。
 皆さんの相手は実体のある物理的な敵……と言うより、概念化した終末でごぜーます。固定化された未来でごぜーますから。
 厄介な事に概念化した終末は、この世界を維持する力――意思より強い。故に『普通なら』不可避でゲームオーバーになっちまいます」
「え、えっと……じゃ、じゃあ、どうすれば……?」
「未来は基本的に変わらねーもんです。神託の指示する結末は特に絶対でごぜーます。
 しかし、物事に基本(ベース)があるなら常に例外は起き得ますです。要するに、それが皆さんという訳でして。
 特異運命座標――特異点って言葉は御存知でごぜーますか?」
「ある基準の下、その基準が適用出来ない特例点」
 元は数学の言葉だか何だかだったような気がする。覚えたのは何かのゲームのネタでだけど。
「模範解答っす。皆さんは『確定された未来という基準に対しての特異点』という訳でして。正解の部分……皆さんだけが『定められた確定的破滅に抗う事が出来る』という事です。私にも、何処の勇者にも、大いなる意思でさえも不可能なそれが実現出来る。存在そのものが選ばれた、存在そのものが宿命を背負ってしまった――生きている特異点、という訳でごぜーますよ」
 ざんげはそこで一度言葉を切って、掌を前に差し出した。
 彼女の白く長い指先が宙をなぞると、そこには虹彩を輝きを放つキューブのようなものが現れた。
 然程大きくはないが、異常な位の存在感を放つ、何か。
「皆さんがこの世界で何かをする度に、そこに『可能性(パンドラ)』が生まれますです。日々の生活でも――産出は何か大きな事件に関わった方が大きいですけど。
 良い行いでも、そうでない事でも。我欲の為の何かでも、誰かの為の何かでも。生み出された可能性はこの『空繰パンドラ』に蒐集されるでごぜーますよ。
 確定的破滅の未来を覆し得るのは、膨大なまでに高められた『可能性の塊』。これを――力の塊をぶつけて、結末を塗り替える――塗り替える余地を作り出す。
 正答率100%の神託が最後に探索した一抹のゆらぎ、唯一の存続ルート。それが皆さんという訳っす。
 そもそもがすっげぇ綱渡りかつ、恐ろしく丼勘定な話ですけど。それに縋る以外道がない程に、深刻って事になりますです。
 ……まぁ、先程は『やっつける』は適切じゃないとは言いましたが、誰も確定的破滅なんて見た事ねぇですから、最終局面でその必要がないとは言い切れねえでごぜーますけど。
 取り敢えずやっつけるも何も『可能性(パンドラ)』を集めないと未来は固定されたまま絶対に変わらない、っつー意味で此方が第一です」
 恐ろしく細い糸をたどるかのように霧の中を歩けという事か。口で言うのはこの上なく簡単だが、やらされる側からすれば同じじゃない。
 オーダーは直接戦う事というより、ざんげの言葉を借りるならば可能性を集める事。話を聞く限りだと可能性(パンドラ)はエネルギーのようなものなのだろう。不可能とも言うべき事業を成し遂げる為の力。練り上げ、積み上げて――未来を繋ぐ為の、純粋な力。
 その力が何をどう変えるのかは、そもそもそんなものが有り得るのかどうかすら。俺には――多分誰にも――まだ分からないけれど。
「今回の大規模召喚は……猶予の問題ではねーかと思われるです。
 召喚者は私ではねーので断言はしかねますが、これは最後の分水嶺と考えられるっす。皆さんには、本当に申し訳ねーんですけど……」
 表情を不器用に歪めたざんげは何とも言えない表情をしていた。
 申し訳ない、と繰り返される程に確信は強くなった。
 つまり、そういう事なのだ。ざんげがロクデナシと称した大いなる意思とやらは、俺達が『ここに居る』事が大事なのだ。ならば。
 ならば、そのロクデナシは強制的に徴収した『駒』をどう扱うのが『普通』なんだろう?
 は――と重く、深く、大きく息を吐き出した俺は、答えに想像をつけながら――分かり切った問いを向けた。
「単刀直入に聞くけどさ。俺達は――ここから元の世界に帰れるの?」


前の記事

PRE STORY – 三章 –

次の記事

PRE STORY – 五章 –