PRE STORY – 五章 –

 天高く位置する空中庭園を吹き抜ける風は冷たい。
 ざわつく周りの会話は俺達と似たりよったり。
 大した時間は経っていないけど、極度に疲れているのはきっと気の所為じゃないだろう。
「ホントに今日は特別みたいだな」
 ざんげの神殿の周りは彼女が言った通り――ひっきりなしの千客万来続行中だ。タコのような人(?)も居れば、スライムのような液体状の人(?)も居る。明らかに具合の悪そうな……というか、若干傷んだボディでゾンビみたいな動きをしている人も居る。あ、ロボも居た。
 皆揃ってさっきの理不尽な話を聞かされるのだと思うと――『仲間』としては同情してしまうが、正直出来る事は何もない。
 彼等もまたセンパイに似た顔に、衝撃の事実を聞かされるのだろう。
 この世界の洗礼とも言うべきハイライトだ。気の毒だが嫌気な自動イベントに身を任せて貰うしか無い。
「――これから、どうする?」
 手でサッサと埃を払い、崩れた柱に腰掛た俺は誰に言うともなしにそう尋ねた。
 辺りの気温は先程よりも大分下がっていた。肌寒さを増した異世界の空気は異分子を拒絶するように冷ややかだ。
 少しの被害妄想をたっぷりの恨み言でコーデした俺がそう感じるだけなのかも知れないけど。
 ざんげからの回答は実に全く呆れる程に考えた通りのものだった。

 ――ハッキリ言いますが、私には皆さんを戻す力がありません――

 まぁ、そりゃそうである。
 想像通りの言葉だったが、いざ突きつけられて見るとショックにはショックだ。
 ……つい数時間前まで変わらなかった俺の日常は少なくともすぐには戻らない。
 やれ退屈だ、暇だ変わり映えしないと思ってはいたけど――案外大事なものだったと今なら分かる。

 ――用が無くなれば皆さんが戻れる事はあると思いますし、『意思』が何かの願いを叶えてくれる事もあると思いますけれど――

 そんなざんげの言葉は究極の気休めで、至高に取らぬ狸の何とかだった。
 宝くじが当たったら一生遊んで暮らせますよとか。地下帝国で頑張れば娑婆に戻れますよとかと変わらない。
 宝くじは押し売りされるようなものじゃないし、借りてもいない借りを返せなんてとんでもない暴論。
 悪魔の契約だってもう少し親身でスマートだ。ざんげの言う通り『もっと酷い』のはそれがカミサマの仕業だからに決まってる。
「どうする」に答えを出せない一同に沈黙が降りた。
 それも仕方ない。「どうする」の問いを投げた俺自身が頭を抱えたくなるような現実から逃げているのだ。
 期待はしてないけど、してないなりに『誰か』が答えをくれたらいいな――なんて思っていない訳じゃない。
「……」
「………」
「……………」
 溜息と沈思黙考が交差する。
 そうして無駄な時間を過ごして――どれ位経ってからだっただろうか。
「ちょっといいかしら?」
「……ん」
「私は……元からこの世界の住人だから……可能性を集めるっていう作業をしてみようと思ってるわ」
 俺達の中で一番早くポジティブに状況を受け止めたのはやはりアルテナだった。
「皆はそんなに簡単に割り切れないとは思うけど……神託に選ばれた以上は何かが出来るって信じてるから。
 ……それに、私の場合は駆け出しだけど元々冒険者だからね。何をしろって言われても、正直状況は余り変わらないのよ」
 成る程。彼女は特別な使命とやらを帯びこそしたが、本人としてはそれも満更では無いようだったし。
「『冒険者』としてはやりやすいかもしれないし」
「ギルド条約だっけ……ここのワープ・ポータルから下に移動すれば、サポートしてくれる人間が居るって」
「ローレット、ね。レオン・ドナーツ・バルトロメイの名前は幻想ではかなり有名だわ」
 ファンタジーにはお約束な、例の寄り合い所みたいなアレである。
 俺が応えるとアルテナは小さく頷いた。
 どうもこの世界には右も左も分からない旅人や、特異運命座標に認定された人間をサポートする為のルールがあるらしい。
 一種の特権階級と言うか、お墨付きと言うか……その辺りがどれ位頼りになるものかは分からないが、無いよりはある方がいいに決まっている。
「……それに、神託の滅びを回避出来れば――皆を戻す事も出来るかも知れないからね」
 生真面目なアルテナは今日会ったばかりの俺達にひどく親身になってくれている。
 自分の都合で呼びつけたこの世界は兎も角、アルテナが悪い訳じゃない。そんな彼女の凛とした声は重い空気を切り裂くに十分な力を持っていて、少し感動。気遣いに張り詰めた空気が緩んだのをハッキリと感じた。
 俺達は既に出た結論を先送りにしていたに過ぎない。動き出す切っ掛けは――簡単なもので良かったのだ。
「ああ、まぁ。飯も食わねぇ訳にはいかねえしなあ……」
「ひ、一人じゃちょっとまだ……いえ、大分不安ですし……」
 ドズさんが何とも彼らしい感想を漏らし、やはりまだ不安が勝るらしいラティが続く。
「ま、話を聞く限りじゃ――基本、俺達は何してもいいんだろ?
 フツーに生きてりゃ人様の役に立つっつーなら、合う何かを探していけばいいんじゃねえか?」
「そうッスね。何か良い事しても悪い事しても……普通に生活してても、とか言ってましたし。まぁ、何かしらはした方がいいみたいですけど」
 闇雲に放り出されても生活さえままならないのは間違いないから、取り敢えずでも寄る辺があるのはかえって助かったのかも知れない。
 ざんげ曰く可能性は因果の多く絡んだ事件に関わる程、強く産出されるものらしい。そういったトラブルの種は下の世界には溢れていると言うが……効率的にこれからの『生活』や『仕事』をバックアップしてくれる――特異運命座標をサポートする『ローレット』なるギルドが俺達の目指す第一の目的地になる。そこの取り纏め役だというレオンという男はざんげの旧知であるらしい。ざんげ曰く「あの人なら多分どうとでもしてくれますよ」。何となく冒険者仕事(トラブル・シューター)の責任者と言われると、海千山千、一筋縄ではいかないタイプを想像するが……彼の人となりはこれから分かるだろう。
「ま、仕方ないよな」
 十分困った。散々悩んだ。解決法は特に無い。
「うん、全くもって仕方ない」
 ならば、『仕方ない』。言葉に出してそう言えば、少し気持ちが変わった気がした。
「……すっげぇ馬鹿な事言うんだけどさ」
「あん?」
「いや、もう。我ながらどうかしてると思うんだけど」
「ああ……」
 同じ『男』だからか、ドズさんは言わずもがな声色から俺の気持ちを察してくれたようだった。
「頭には来るけどさ、実は。何か――ワクワクもしてきたんだよね」
 理不尽が一周回って、ヤケになった――否めない。
 この世界の危険も、安定しない生活のキツさも、学生の日常じゃない場所の怖さも知らないからそんな事が言える――間違いない。
 でも憧れを――感じてしまったのも、多分嘘のない本音なのだ。
「どっち道、解決しなきゃ帰れないならさ。やれるだけはやるしかないじゃん」
「そうね」
「可能性(パンドラ)集めだっけ。俺達しか出来なくて――俺達が頑張れば世界は救われるんだろ?
 やるしかねーじゃん。出来るか知らないけど、やってみれば案外簡単かも知れないし――ゲームをクリアすればいいだけだ」
 そう、これは大いなるRPGなのだ。勇者か戦士か村人Aか知らないがやってやる。可能性(パンドラ)ならぬ可能性は、何処までも広がっているのだから。
「まーな。冷静に考えたらラスボスは最強の敵なんだろ。そいつはいよいよ悪くねえ!」
 俺の言葉に『手加減しない』ドズさんの張り手が背中を叩く。
 怖がりのラティだって「お供します!」と意気込んで……微笑んだアルテナは「変な言い方だけど、ありがとう」と微笑んだ。
「こちらこそ。これから宜しく」
 やってやれない事は無い。これまでもそうだったし、これからもそうなのだ。決まってる。
 そう思わなければとてもやってられないとも言うけれど、何せ俺は霊感センパイが太鼓判を押した『変なやつ』。
 仲間も出来た。案内役にも会った。今度は宿屋か、道具屋か。
 肩の力を抜いて空を見上げる。空中庭園から見る空は、何時か見た空よりも青く、高く感じた。
 距離が近いからなのだろうか。それとも空気が澄んでいるから? 或いは理由なんて無いのかも知れないけど。

 ――亮君、君は――色々退屈?

 目を閉じれば、瞼の裏でセンパイが猫のように笑っていた。
 お陰様で楽しいですよ。退屈する暇もなくなりそうですよ。
 ただ、気まぐれで、人の悪いあのひとが――居なくなった俺を心配していないといいけれど。気に病んでいないといいけれど。

 ――うん、ピントって言うのかな。
  表現するのは難しいのだけれど――場所と存在が釣り合わない

 買い被らないで下さい。戻りたいかと聞かれれば今すぐに。センパイのその、おっきな胸の中に戻りたい。
 今だから言うけど、言うほど嫌じゃなかったです。
 出来れば高校生のままここから元に戻って――引き続き色々お願いします。
 不安が無いかと問われれば、それは馬鹿げた問いに違いない。
 でも……今、この混沌に俺は居て。『ピントが違う』俺は、多分――この瞬間に未知の一歩を踏み出した。
 目を開ける。腹に力を込めて、成り行きで出来た即席の仲間達(パーティ)に視線を投げる。
 冒険が、始まるのだ。
 それだけで――灰色めいた世界は活力を取り戻した。
 眼窩に見下ろす外界は信じられない位の幻想と、未知で何処までも鮮やかに彩られている。
「幻想(レガド・イルシオン)――だっけ」
 幻想を色濃く残す貴族と悪徳の国。
 無辜の混沌においても、名の通り最も『ファンタジー』を思わせる土地柄であると言う。見果てぬ野望と迷宮を抱く――余所者も、特異運命座標(おれたち)も『動き易い』第一の場所。
「行こうぜ!」
 丹田に力を込め、拳を突き上げる。
「そこで待ってろ、可能性(ハッピーエンド)!」


前の記事

PRE STORY – 四章 –